健康コラム
健康課題への取り組み・対策
左から、計機健康保険組合総務部庶務課課長・矢口貴雄さん、常務理事・日原順二さん、事務長・吉田若菜さん、業務部審査課課長・中村篤司さん
−計機健康保険組合−
LINEやインセンティブを活用してセルフメディケーションを促進
計機健康保険組合は、厚生労働省の2023年度高齢者医療運営円滑化補助金における健康保険組合による成果連動型民間委託契約方式(PFS)を活用した保健事業に取り組んでいる。テーマは「個人へのインセンティブ提供の仕組みを活かした『上手な医療のかかり方』の普及事業のモデル構築」である。「自分でできるケアは自分自身で」を基本に、LINEやヘルスケアポイントなど、新たなツールや仕組みを活用して、加入者のヘルスリテラシー向上とセルフメディケーションの実践を促している。その取り組みの内容や成果、課題等について、計機健康保険組合の常務理事・日原順二さん、同事務長・吉田若菜さん、同総務部庶務課課長・矢口貴雄さん、同業務部審査課課長・中村篤司さんに伺った。
【計機健康保険組合】
設立:1967年5月1日
加入事業所数:459カ所
被保険者数:35,066人
被扶養者数:26,300人
3疾患を対象に個別勧奨 LINEで月3回配信
常務理事 日原 順二 さん
日原さん ▶
2021年度のスコアリングレポートによると、当健保組合加入者の1日当たり医療費は、全組合平均・同業種平均と比較して5〜7%高い傾向となっています。健保組合の財政健全化を図り持続可能な社会保険制度にしていくには、薬剤費や医療費の適正化は重要な課題です。
たとえば、花粉症の薬や手指等の肌荒れを整えるクリームなど、今は、医師が処方する医療用医薬品と同じ成分で同程度の効能が期待できる市販のOTC医薬品が増えています。今回テーマにしたセルフメディケーションは〝軽度な身体の不調はOTC医薬品を使用して自分自身で対処すること〟であり、その実践の浸透が医療費適正化の肝になると考えています。
中村さん ▶
具体的な取り組みとしては、個別勧奨とLINE等を活用した加入者全体への啓発を行い、ヘルスリテラシーの向上と行動変容の後押しをしました。
個別勧奨は、セルフメディケーションが可能で医療費適正化の効果が得られる疾患として花粉症、肌荒れ・湿疹等の皮膚疾患、腰痛・肩こり等(湿布薬)の3つに絞って対象者を選定し、医療用医薬品と同じ効能のOTC医薬品の案内と、医療機関受診とセルフメディケーションでかかる費用の差をお知らせする通知をお送りしました。対象者の絞り込みは、外部委託事業者のホワイトヘルスケア株式会社の協力を得て、医療費分析とともに行ってもらいました。
矢口さん ▶
加入者全体のヘルスリテラシー向上とセルフメディケーション普及に向けて取り組んだのが、LINEを活用した啓発です。従来の紙媒体での通知だけでは広報の限界を感じていて、直接加入者に情報が届くようなツールがほしいと思っていました。そこで今回、健保組合公式LINEアカウント「計機健保de健康エール」(以下、健康エール)を立ち上げて、月3回、セルフメディケーションの啓発、健保組合からの保健事業や重要なお知らせ、健康に関するコンテンツを配信することにしました。これまでは加入者が自ら情報を取りに行かなければならかったのですが、こちらから情報をお届けするというイメージですね。また、月1回、セルフメディケーションに関する理解度をチェックする「チェックテスト」も配信しています。
業務部審査課課長
中村 篤司 さん
中村さん ▶
まずは、LINEの公式アカウントを知っていただくこと、そして登録していただくことが重要です。そのため、広報誌の表紙全面を使って「計機健保de健康エールの友だち登録はお済みですか?」という呼びかけを二次元バーコードとともに掲載したり、インフルエンザ予防接種の会場でチラシを配布して登録を促したり、あらゆる機会を活用してPRしています。
矢口さん ▶
最も効果的だったのは広報誌でのPRで、発送した後は200名ほど増えました。私たちが今、いちばん伝えたいことを表紙に持ってくることによって、健保組合の姿勢を示すことができたのかなと思います。また、自宅に郵送しても開封していただかなければ情報も届きません。封筒の裏面にも健康エールのPRを入れるなど、開封したくなる工夫を凝らしました。
個別勧奨通知例
事務長 吉田 若菜 さん
吉田さん ▶
インフルエンザ予防接種会場など保健事業に参加された方に直接チラシをお渡しするのも、その場で登録もしてもらえ、反応がよかったですね。
中村さん ▶
現時点の登録者数は約2300名。まだまだこれからです。
吉田さん ▶
「登録」という最初の壁をいかに超えるか。今もいちばんの課題であり、どうすればよいか常に考え、試行錯誤の連続ですね。
インセンティブの量も検討 効果的に実施
矢口さん ▶
LINEに登録していただいたら、次の壁は、あなたの薬箱への登録とOTC医薬品の購入です。個別勧奨やLINEのお知らせで意識が高まり、セルフメディケーションを実践しようと思ったときにすぐにOTC医薬品を入手できるよう、オンラインでOTC医薬品を購入できる「あなたの薬箱」というサイトを用意して、そちらへ誘導しています。LINEのメニューバーにあなたの薬箱を入れて簡単にアクセスできるようにしたり、健保組合のホームページにも掲載してアピールしています。また、このサイトでは、薬剤師に相談できる窓口も設置し、薬の飲み合わせなど気になることをいつでも相談できるようになっています。
中村さん ▶
あなたの薬箱につなげるために実施しているのが、毎月配信する「チェックテスト」を受講した方に、あなたの薬箱で使える1500円分のクーポンをプレゼントするというインセンティブ施策です。セルフメディケーションの推進が目的なので、クーポンの利用はOTC医薬品の購入に限定しています。
インセンティブの額も試行錯誤で、500円や1000円だと利用者数が少なく、1500円でぐっと利用者数が増えるが、2000円にしても利用者数は変わらないということが分かり、1500円としました。
OTC医薬品での対処で医療費削減
中村さん ▶
個別勧奨については、2023度は6356名の方に通知を送付しました。そのうち1196名の方に受診回数の減少が見られ(図1)、疾患別では花粉症が最も多い結果となりました(図2)。受診回数の減少により約1200万円の医療費削減につながりました(図3)。ただ、個別勧奨通知を受け取った方があなたの薬箱をどれくらい利用したかについては、思ったほど多くなく、今後の課題ですね。
セルフメディケーションのさらなる実践につなげる策として、個別勧奨の対象者限定で、クーポンをドラッグストアで利用できるように調整を図っています。
日原さん ▶
「1500円分のクーポン」というインセンティブを付与することによって目指すのは、OTC医薬品を利用したセルフメディケーションの実践です。ただし、クーポンの利用が進まないのならば、利用対象商品の間口を広げてクーポンが利用されるようにすることも一法です。たとえば、キャンペーン期間中はOTC医薬品に限定しないなど、これからいろいろ試行錯誤していきたいと思います。
中村さん ▶
今後は、LINEの登録者数を増やすことに加え、さらに個別の記号番号や氏名を登録していただくことへのアプローチも考えていきたいと思います。それによって、ターゲットを絞った、よりその方に合った情報提供が可能になっていきますし、LINEの機能を最大限に活用していきたいと考えています。また、個別勧奨通知は3つの疾患に絞っていますが、今後は、この仕組みを上手に活用して、他の疾患へ対象を広げたり、保健事業への活用も考えていきたいと思っています。
個別勧奨では、リフィル処方箋の案内にも取り組みました。レセプトデータを分析して、慢性疾患で受診されている方を対象に、リフィル処方箋の仕組みを解説した案内をお送りしました。ただ、リフィル処方箋への変更は主治医の判断が必要で本人の意思だけで変えられるものではありません。また、レセプトデータだけでは症状が安定しているかどうかなどは確認できません。約3000名の方に通知を送付しましたが、明確な効果は得られませんでした。リフィル処方箋について知らない方も多いと思いますので、今後、認知度などアンケート調査等を行う予定です。
総務部庶務課課長
矢口 貴雄 さん
矢口さん ▶
LINEというチャネルを加えて広報のアプローチ方法を変えることで、今まで届かなかった層にアプローチできるようになったと感じています。今後、健康エールへの登録を増やす方策としては、新入社員など健康保険加入時に登録してもらうことを考えています。そうすれば、健康エールに登録するのが当たり前のこととして定着していくと期待されます。
私たち総合健保組合は事業所数も加入者数も多く、加入者1人ひとりに対してアプローチするのは困難です。健康エールやあなたの薬箱などを事業所の健保担当者の方々にまず利用していただいて、仕組みをご理解いただき、その後従業員のみなさんに周知していただくというのが、いちばんの近道なのかなと思っています。これからも地道に取り組んでいきたいと思います。
日原さん ▶
この事業は継続により効果が蓄積されていくと考えます。ヘルスリテラシーが向上し、加入者の皆様の医療費に対する意識や医療のかかり方が徐々に適正化されて、医療費の適正化にもつながっていく。若いときからヘルスリテラシーを高めることは将来の受診行動にも生かされ、それが健保組合や皆保険制度を支えていくと考えています。今後は、健康経営の取り組みを推進している事業所へのアプローチが鍵になると思っています。