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健康コラム

健康課題への取り組み・対策

ロコモ対策を考える

ロコモ対策を考える

JFEスチール株式会社西日本製鉄所(倉敷地区)
安全健康室ヘルスサポートセンター主任部員(係長)・乍智之さん

JFEスチール株式会社 西日本製鉄所(倉敷地区)

安全に働くための体力レベルの見える化と維持・向上に取り組む

「ロコモティブシンドローム」の予防対策は、高齢者の社会参加・就労促進が進む中で、職域における労働災害の防止、私傷病の予防・重症化予防の観点からも重要となる。

そこで、ロコモ予防対策に先進的に取り組むJFEスチール株式会社西日本製鉄所(倉敷地区)の安全健康室ヘルスサポートセンター主任部員(係長)の乍智之さんに、高齢者などのテストを参考に、同社独自の方法や基準を示した「安全体力®」機能テスト(体力レベルの見える化)と「アクティブ体操®」(筋骨格系疾患と転倒の予防を目的とした2つの職場体操)の狙いや内容、今後の各企業におけるロコモ予防対策普及に向けた課題等について話を聞いた。

(「安全体力®」、「アクティブ体操®」はJFEスチール株式会社の登録商標です。)

従業員の「安全」が最優先の課題に

製鉄業である当社には、スポーツ選手に匹敵するような筋力を必要とするような作業もあれば、1日2万歩近く移動する作業から、デスクワーク等ほとんど動かない作業まで、さまざまな種類の仕事があります。作業内容によっては、労働災害が発生すると大きなケガにつながる可能性が高いものもあることから、当社では「安全」が最優先となります。

このため2004年に「安全に長く元気で働くために必要な体力」を「安全体力®」と定義しました。これは当社の安全健康方針である「安全はすべてに優先する」の「安全」と、「体力」との造語となります。この「安全体力®」をキーワードとして、主に運動機能の低下が原因となる労働災害や運動器疾患の発生予防の取り組み体制を構築し、現在全社展開しています。倉敷地区では2003年の旧川崎製鉄と旧NKKの統合によるJFE発足と同時に従業員の健康管理を行うヘルスサポートセンター(HSC)を事業所内に開設しました。現在はアスレティックトレーナー(日本スポーツ協会公認)の私と柔道整復師、理学療法の3人が配置されています。

ロコモ予防の取り組みも、この「安全体力®」の視点で構築しています。ポピュレーションアプローチの取り組みとしては、全従業員を対象とした腰痛などの運動器疾患や転倒などの発生リスクを測定・評価し、リスクが高ければ改善するための「安全体力®」機能テストを実施(安全体力の把握・改善)しています。また、運動器疾患や転倒が発生しにくい体を作るため、オリジナルの2つの「アクティブ体操®」の普及と指導(安全体力の維持・向上)を実施しています。この2つが取り組みの両輪となっています。さらに、健康教室の開催、現場に出向いて作業不良姿勢の改善や健康相談も実施しています。

ハイリスクアプローチの取り組みでは、個々の従業員の腰や膝など運動器の不調の改善のための運動指導(ワークコンディショニング)、私傷病や労働災害により「安全体力®」が低下した従業員に対しての早期作業復帰支援(ワークリハビリテーション)を実施しています。

機能テストは健診時に全従業員に実施

2003年のJFE統合当時、倉敷地区の従業員(約5300人、出向社員を含む)の年齢構成は、40歳以上が8割近くを占めており、HSCにおける運動器の相談部位は腰痛が4割を超え、私傷病による休業件数、休業日数でも運動器疾患(腰痛)が多くなっていました。転倒災害については、発生件数の多くが40歳以上の中高年齢労働者でした。

ある時、63歳の従業員が水路脇の作業でバランスを崩して転落するという災害が発生してしまいました。すぐに柵の設置や救命胴衣着用等の作業環境面などの対策はとられましたが、一連の対策の中には、その場所で安全に働くために必要な体力が低下していたかもしれない、つまり被災者の体力ではこの作業は危険だったかもしれない、という視点がありませんでした。

そうした中で、作業環境などの対策に加えて、加齢とともに全従業員が必ず低下する体力機能への対策も必要という考え方のもと、安全に働くために必要な体力機能の把握・改善のため、2004年から「安全体力®」機能テスト(以下、「本テスト」)を開始しました。「安全体力®」を本人と管理者の双方が把握し、低下がみられた場合は改善を図り、体力機能の低下が原因となる転倒や腰痛などの運動器疾患や労働災害を未然に防ぐことを目的としています。本テストは、健診の機会に全従業員に実施しています。

本テストでは、転倒リスクテスト(①5mバランス歩行、②片脚立ち(40㎝の台からの立ち上がり)、③2ステップ(歩幅))、腰痛リスクテスト(④座位体前屈、⑤上体起こし)、ハンドリングミステスト(⑥握力、⑦肩外転)を実施します(下図)。

このうち転倒リスクテストの結果については、独自の5段階の基準を作成し、評価しています。評価5・4は安全域、評価3は維持域で、これら評価3以上は問題なしと判断します。評価2は注意域として、リーフレットの配布・指導を行い、1年後の健診時に状態を確認します。評価2は、そのままでは評価1までさらに低下してしまう可能性が高く、この注意域を早期に把握できるようになったことが大きいと思います。評価1(およびテスト中止者)は危険域として、機能改善のための運動指導をその場で行い、2カ月後にHSCで再測定を実施します。

再測定で不合格または中止者は、産業医の面談を実施し、職場の作業内容を踏まえ、必要に応じて適正配置、就業配慮等を検討することとなります。

運動器疾患による休業の件数・日数は減少傾向

「安全体力®」の維持・向上のためには運動が必要ということで、従来から職場で毎日実施していたラジオ体操に代わるものとして、「アクティブ体操®partⅠ」、「partⅡ」を開発しました。2004年からストレッチを中心とした運動器疾患対策の「partⅠ」を、2009年からストレッチに筋力の向上のための運動を加えた転倒予防対策の「partⅡ」を実施しています。「partⅠ」は①深呼吸、②肩回し、③首のストレッチ、④肩の運動、⑤体側のストレッチ、⑥スクワット、⑦太もも前側のストレッチ、⑧太もも裏側のストレッチ、⑨つま先立ち、⑩ふくらはぎのストレッチの10種目、「partⅡ」は①肩回し運動、②肩の強化、③四股の姿勢でストレッチ、④四股の姿勢で肩入れ、⑤四股の姿勢で脚の強化、⑥伸脚、⑦屈伸と前屈、⑧脚の強化、⑨股関節前後回し、⑩バランス運動の10種目(女性には、スカートでもできる10種目)です。「partⅠ」は午前に、「partⅡ」は午後にそれぞれ約4分間、毎日、全従業員が実施しています。

JFEスチール株式会社西日本製鉄所(倉敷地区)安全健康室ヘルスサポートセンター主任部員(係長)・乍智之 さん
JFEスチール株式会社
西日本製鉄所(倉敷地区)
安全健康室ヘルスサポートセンター
主任部員(係長)・乍 智之 さん

これらの取り組みを始めて以降、倉敷地区では運動器疾患の休業件数、休業日数は減少傾向にあります。部位別の発生件数で最も多かった腰部の疾患で休業する従業員もかなり減少してきています。当然、運動器疾患の休業による損失金額も減少傾向にあります。また、体力機能の低下が原因と推定される50歳以上の転倒災害についても減少がみられます。

転倒者には転倒リスクテストで評価2以下の割合が多いことも確認されています。

2010年から実施している「安全体力®」を指標にしたワークリハビリテーションは、出来るだけ早期に元の作業に戻れるようにすることを目指した取り組みです。

長期休業から職場復帰する際の体力機能の低下の程度は、手術の種類や休業期間、年齢、休業前の体力レベルによってさまざまであり、復職時の状況を客観的に評価する仕組みが必要となります。このため、復職時には必ず本テストを実施することにしました。その結果を踏まえた産業医の面談で、作業安全上問題があると判断した場合は、ワークリハビリテーションをHSC内で実施します。リハビリは、1回約60分、週3〜5回実施、期間中本テストを定期的に実施、直近の休業前のデータと比較して体力の回復度合いを確認し、十分に回復すれば、産業医の指示により元の作業に復帰していただいています。

ワークリハビリテーションの取り組みの効果としては、人事や上司も含めて情報を共有できること、現場で作業を確認できること、事業所内でリハビリを行うことで、モチベーションが高まることです。また、復職時の面談には上司も同席するため、本テストの状況を確認することで、自己申告よりも正確な情報が伝わり、職場の配置・補充の検討がしやすくなるなど、職場での適切な配慮や対応が可能となるという効果もあります。

企業方針による対策実施が定着の鍵

ロコモ予防対策の定着の鍵は、労災防止や健康経営等と同じように、企業の方針に沿った施策として取り組みを進めていくことです。また、手挙げ方式など任意の参加方法ではなく、加齢とともに社員の体力機能が低下することを前提に、体力機能を作業適応能力の1つとして捉えた取り組みを、就労環境の中で、全員参加で行うことだと思います。求められる体力機能のレベルは、年齢や性別ではなく、作業によって異なります。当社の「安全体力®」は、当社の作業を安全に行う上で最低限必要な体力機能です。

厚生労働省の「人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議」報告書(2019年12月)には、「安全な作業に必要な体力」という文言が盛り込まれました。その体力を定量的に測定する方法と評価の基準を、各企業内部でルール化し、それぞれにあった取り組みとしていくことが重要だと考えます。

例えば、片脚立ちテストは40㎝のパイプイスから立ち上がるだけのテストで、簡単に自分の脚筋力の状態に気付くことのできるテストです。健診に併せて実施するといったコラボが出来ればよいのではないかと思っています。

各企業で、自社の作業内容も踏まえて実施するテストを決めていくことにすれば、もっともっとロコモ予防の取り組みが広がっていくのではないでしょうか。

特に福祉分野、介護関係の事業所では、職員の高齢化もあり、腰痛等の防止は大きな課題となっています。介護職員の皆さんがご自分の体力、機能低下に気付くためのテストは必要だと思います。

各企業で、ロコモ予防の取り組みを進める際の課題は、担当者の存在です。特に、運動器や体力機能の改善指導は一般社員には難しく、専門的な知識、技術を有している担当者が必要です。倉敷地区では「安全体力トレーナー」という位置付けで、HSCでアスレティックトレーナー、柔道整復師、理学療法士の体制で、産業医や産業保健スタッフと緊密な協力を行いながら、働く人の健康管理の取り組みを進めています。より多くの企業へ取り組みが広がっていくためには、基本的な医学的知識に加え、安全衛生や産業保健の知識も有した専門の担当者の資格制度も検討する必要があるのではないかと思います。

ロコモ予防の取り組みで、例えば、腰痛もそのほとんどが非特異的腰痛(痛みの原因を特定できない腰痛)であり、セルフケアレベルの指導や運動で予防、改善、重症化を防ぐことができます。家族も含めて運動器疾患の予防や重症化を防ぐことは、健保組合からみても非常に重要なことだと思います。その意味で、健保組合との連携や情報共有は今後の課題として位置付けています。健診やストレスチェック、また禁煙などの取り組みと同様、ロコモ対策に社会問題として取り組んでいくことで、結果として医療費の適正化にもつながるのではないかと思います。

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