HOME > 健康コラム > 企業・健保訪問シリーズ ~健康経営 事例紹介~ > 伊藤忠商事株式会社

企業・健保訪問シリーズ
~健康経営 事例紹介~

昨今、「従業員の健康=企業の重要な資本」との考え方のもと、健康経営を実践する企業が増えています。「企業・健保訪問シリーズ ~健康経営 事例紹介~」では、さまざまな工夫で健康経営に成功している企業をご紹介していきます。

企業・健保訪問シリーズ
~健康経営 事例紹介~

伊藤忠商事株式会社

『ひとりの商人、無数の使命』をコーポレートメッセージに定めている伊藤忠商事株式会社。同社では、社員1人ひとりがその使命を果たすために最大限の力が発揮できるよう、社員の健康づくりに尽力しています。人事・総務部のもとに設置されている「健康管理室」には医師、薬剤師、保健師など計53名が所属し、健保組合と協働でさまざまな健康施策に取り組みながら、社員の健康を支えています。

その取り組みは、日本政策投資銀行(DBJ)が行う「DBJ健康経営(ヘルスマネジメント)格付」においても高く評価され、2015年5月、総合商社で初めて最高ランクを取得しました。社員の健康を担う健康管理室の皆さんに、同室の特徴や実施事業についてお伺いしました。

【伊藤忠健康保険組合の概要】
加入事業所数:5事業所(2015年9月末)
加入者数:1万152名(2015年9月末) ※被扶養者5,451名を含む

──「健康」と「企業経営」について、どのようにお考えでしょうか。


人事・総務部 健康管理室長 杉山 卓郎さん
(専属産業医/労働衛生コンサルタント/医学博士)

 社員は最大の経営資源であり、その能力を最大限に発揮するためにも、社員の健康力は非常に重要なものと考えています。したがって、弊社では、経営の根幹に健康を据えるという考え方をしており、人事・総務部のもとに「健康管理室」を設置しています。

 2015年から2017年の中期経営計画においては、人事・総務部の重点項目として「積極的健康増進策により人材力強化」を掲げています。つまり、社員の健康力を高めることで、企業経営を堅固なものにしていこうという考えです。弊社は、他商社に比べ総合職の人数が圧倒的に少ないため、社員1人ひとりの健康を維持・向上することが、現在の収益力を拡大し、業界No.1の地位を目指す上で不可欠です。そうしたことからも、人事・総務部では、社員の健康を重視し、具体策を実行していく必要があると考えています。その推進母体となるのが健康管理室です。

──健康管理室の歴史と具体的な内容についてお聞かせください。


人事・総務部 キャリアカウンセリング室長
(兼)健康管理室長代行 片桐 二郎さん

 弊社はかつて日本橋にあり、現在の場所に移ったのが1981年です。健康管理室は、日本橋の時代からすでにあり、当時から特徴ある施策を実施していたと聞いています。

 現在、健康管理室には、産業医で室長の杉山を筆頭に東京・大阪あわせて計53名が所属しています。その内訳は、常勤産業医2名、常勤歯科医1名、非常勤専門医31名(内科25名、精神科3名、整形外科1名、歯科医2名)、保健師5名、看護師3名、歯科衛生士3名、臨床心理士2名、臨床検査技師3名、レントゲン技師1名、薬剤師1名、人事・総務部兼務者1名です。東京本社では3階に診察室があり、一般的な診療室のほか、歯科や薬局も完備しています。例えば就業中に「体調がすぐれない」、「歯が痛い」などというときでも、すぐに診察し、必要に応じて薬を出してもらうこともできます。

 健康管理室の主な特徴は、次の3つです

(1)国境なきコンシェルジュ機能


人事・総務部 健康管理室
平山 悦子さん(保健師)

 国境なきコンシェルジュ機能とは、健康管理室の根幹となっている機能で、コンシェルジュと呼ばれる計8名の保健師・看護師が未然予防を含め、ケアが必要な社員には1人ひとりに担当保健師・看護師がつきマンツーマンで寄り添う仕組みです。また、25名いる非常勤専門医は、それぞれが肝臓や血圧などの専門があり、8名の保健師・看護師が、社員の症状に応じて、必要な専門医につなぎます。保健師等は社員が専門医の話を聞くときにも陪席し、社員の症状把握とその後の指導に努めます。

 この仕組みが最大限に威力を発揮するのが、社員が海外駐在になったときです。海外で体調を崩したときでも、その状況をメールや電話で従来から自分を担当してくれているコンシェルジュに伝えると、コンシェルジュが必要な専門医につないでくれるので、社員は速やかな診断と的確な指示を得ることができます。社員が安心して海外で仕事ができるのは、このコンシェルジュ機能のおかげだと言っても過言ではありません。

(2)即時診療


(東京本社3F診察室)待ち時間なしで受診し、
薬を処方してもらえる東京本社3階にある
診察室、薬局。
海外駐在に必要なインフルエンザの
予防接種を受けることも可能


(東京本社歯科)海外駐在中の社員が
一時帰国の間に、歯の治療をすることも
多々ある


 即時診療は、内線を1本入れるだけで、健康管理室内の診察室で専門医による診療が受けられるというものです。風邪や腹痛といった軽度なものはすぐに診察が受けられ、必要があれば薬を出してもらえます。重度の疾病と診断された場合は、提携病院につないでもらうことができます。これは歯科の診療においても同様で、社員の業務スケジュールと希望に応じて、最大限の配慮がなされた予定が立てられます。海外に駐在中に虫歯になった場合でも、事前にコンシェルジュに連絡を入れてアポを取っておけば、一時帰国で日本に滞在中に治療をすることも可能です。海外から一時帰国する社員は長くて1週間という人が大半ですから、この仕組みは大変重宝されています。

 なお、社内の健康管理室を利用した際、本人負担は3割ですが、医科・歯科それぞれ上限8000円のキャップ制が適用され、8000円以上の本人負担がかからない仕組みを設けています。

(3)メンタル疾患対応体制

 メンタル疾患に関しては、社内外の関係者が連携をとって対応をする体制を整えています。最近では、3次予防(復職支援、再発防止)に加え、2次予防(早期発見、早期対応)や1次予防(未然防止)にも力を入れ、相互有機的に「メンタルヘルスのトータルケア」を推進しています。なお、2013年度からは、組織長全員に対して現場実体感のある個別研修を実施し、いかに1次予防、2次予防が大切かを学んでもらっています。今年の12月からはストレスチェック制度が始まりますので、弊社としてはそれを大きなチャンスと捉え、できるだけ組織改善に切り込みたい考えです。
これは健康管理室のみならず、会社全体で体制を整えているところです。

──健康管理室で実施している事業内容と、そのPR方法についてお聞かせください。

 主な事業として、まず健康診断があります。中高年向けに内容を充実させたレベルの高い人間ドック方式の健診を、法定の40歳より前倒しして35歳から実施しています。通年受診できますが、海外へ出張・駐在している社員もいますので、健診の受診率は94~95%です。また、海外駐在の発令もいつ出るか分かりませんので、常に備えるという意味で、健診内容についても海外赴任を念頭に法定項目より充実させています。また、東京本社では3階の診察室で健診も受診することができます。

 法定外の項目としては、大腸がん検診、乳がん検診、子宮がん検診などの検診事業があり、健診で異常が見つかった人に対して、保健師等から案内がいくようになっています。もちろん、各種がん検診等の申し込みについても、社員はコンシェルジュに電話1本するだけで、すべてが手配される仕組みになっています。

 健康診断や検診事業については、健保組合との共同事業として実施しています。また、若いうちからコンシェルジュ機能に乗せることで重症化を予防しようと、35歳未満の若年者向けの健診では採血は入社時、25歳、30歳で実施してきました。来年度からは、もっと高い頻度で採血を実施していく予定です。したがって、年齢が若くても、極端に体重が増加したり、採血で引っかかった場合は、コンシェルジュが付くということになります。

 PRの方法としては、イントラを利用した案内のほか、広報部が月刊で出している『伊藤忠マンスリー』という社内誌も、必要に応じて活用しています。数年に1度は「健康特集年」が設けられるので、その際は健康に関するテーマで専門医がコラムを執筆し、掲載しています。

──健康管理室以外でも社員の健康のために実施している事業はあるのでしょうか。

 人事・総務部管理のもとで「朝型勤務」制度が導入されています。2013年10月からトライアルを開始し、2014年5月から正式に開始しました。朝型勤務制度とは、残業ありきの働き方を今一度見直し、9時-17時15分の所定労働時間を基本としたうえで、20時以降の残業は原則として禁止し、朝型の勤務にシフトするものです。通常の始業時間が9時のところ、6時台、7時台に出社する社員も数多くいます。どうしても20時以降の残業が必要な場合は、事前申請が必要となります。

 あくまでも肌感になりますが、この朝型勤務は、社員の生活のリズムを整え、それがひいては健康維持、健康増進につながっていると考えています。なお、これに伴い、6時30分から7時59分の間には、社員食堂にて朝食の無料配布を行っています。内容については、健康管理室室長や栄養士が意見を出し、現在、パン、おにぎり、バナナ、たまご、スティック野菜、カットフルーツ、コーヒー、スープなど計20~25種類をそろえています。社員はそのなかから好きなものを3品選ぶことができます。

 また2002年には、健康管理室とは別に人事・総務部の下にキャリアカウンセリング室を設置しました。社員なら誰でも利用できるカウンセリングです。特徴的なのは、2007年から、入社2年目、4年目、8年目の社員全員、1人1時間ずつ、有資格者である室員がカウンセリングを行っているという点です。本来の目的は、社員1人ひとりの個の支援 ーー 日々の仕事の様子、人間関係、本人の状態を含めて、「心の声」をじっくりと聴いていくことですが、その声を人事施策にフィードバックしていますので、広義の意味では、社員の健康に寄与できているのではないかと考えています。

──各種事業に対する、社員の皆さんからの反応はいかがでしょうか。

 社員の健康に対する意識は、個人差が大きいと言わざるを得ません。手厚くケアしているがゆえに、健康に対して高い意識を持つ社員が多くいる一方で、「健康については健康管理室にお任せ」という社員も一定数いるのが現状です。ただ、定年退職をした元社員たちは一様に「健康管理室は本当にありがたかった」と言います。健康管理室を使えなくなってはじめて、その有難さに気づくのだと思います。

 朝型勤務制度は社員からも大変好評です。導入して約1年半が経ちましたが、20時以降退館者は30%⇒6%、8時前入館者は20%⇒40%となり、結果、残業時間は約12%減少しました。もう少し時間が経てば、健診結果にも良い影響が出てくるのではないかと期待しているところです。朝食についても、健康を意識した内容にはしていますが、昼食、夕食、または接待もあり、食事面までを徹底管理するのはなかなか厳しいのが実情です。ただ、弊社には「110運動」というものがあり、営業目的の酒席であっても、1次会を10時までに終わらせ、帰宅してゆっくり明日の仕事に備えることを基本としています。

──事業の効果として把握されている数値や、その傾向についてお聞かせください。

 経年的に見て、右肩上がりで良くなっているということはありません。この背景には、弊社の場合、疾病のほとんどがメタボに関連しているということがあります。原因としては、食事の西洋化、運動不足といった、世間一般と同じ傾向が弊社の社員にもあると分析しています。また、昨今では60歳を過ぎてからの継続雇用者数も増えており、当然のことながら60歳以上の社員の有病率が高いため、そうした皆さんの数字が統計に含まれてくると、社員全体の健康を測る数値としては良くならないという実態があります。ただし、海外駐在を見据え、定期健診にも歯科項目を入れていることもあり、虫歯などの歯科疾患は確実に減っています。

──健康保険組合との協力体制や役割分担はどのようにされているのですか。

 健保組合とは連携をとりながら、医療的な分野を健康管理室が担当し、健康に関するイベントや啓発活動の分野を健保組合が担当するような形になっています。健康診断やがん検診などは健保組合と共同で実施しています。また、健保組合では、ウォーキングマイレージや禁煙に関する指導などを実施していますが、これも健康管理室とのタイアップです。データに関しては両者で共有している部分もあり、いわゆる特定健診・特定保健指導の部分は健保組合が担当しています。ただし、健診結果で有所見の社員に対しては、健康管理室で独自に指導やフォローが入ります。健保組合は国で定められた基準に基づいて指導をしていますが、健康管理室による指導は専門医が各社員の数値を分析したうえでの判断・指導になります。例えば、血圧も血糖も高い人の場合、血圧単独の基準値よりも厳しい数字で呼び出され、指導されます。つまり、病気が重なれば重なるほど厳しい判断基準をされるということです。

──保健師・看護師の皆さんは、具体的にどのように社員の皆さんと関わっているのでしょうか。

 医師は医局の都合で入れ替わることがありますが、保健師等は長く在籍していますので、社員と担当保健師等の付き合いも必然的に長くなります。弊社に在籍している限り、健康管理室による指導から逃れることはできません。保健師等がずっと追いかけますから。

 なお、保健師等が指導するきっかけになるのは、やはり健診です。保健師等のなかには、すでになんらかの疾患のある社員を担当したり、未病でもリスク要因のある社員を担当したりします。急に数値が上がったりすると、保健師等から再検査が促され、再検査を受けるまで受診勧奨が繰り返されます。したがって、再検査の受診率はほぼ100%です。

──「あしたの健保プロジェクト」に対するメッセージや国に対する要望をお願いします。

 弊社の保険料率は7.8%です。全面総報酬割になったら、もう少し上げる必要性が出てくるかもしれませんが、当面は維持していくでしょう。

 おそらく弊社は、社員の健康づくりに関してはかなり努力をしているほうだと自負しています。国全体の健康状態を上げるためには、企業こそ保健事業や健康づくりなどに注力する必要があると思うのですが、その財政負担や人的負担に耐えられない企業が多いのが実情なのだと思います。したがって、その部分を国がサポートするような仕組みや制度が必要なのではないでしょうか。弊社としては今後も社員の健康力向上に力を入れてまいりますので、国にも、国民全体の健康状態が上がっていくような工夫と努力をお願いしたいと思います。

人事・総務部 健康管理室長 杉山 卓郎さん
(専属産業医/労働衛生コンサルタント/医学博士)

「健康管理室でどれだけ手厚くケアをしても、健康づくりの基本は本人の意識と行動です。そこをいかに自覚させていくかは、健康管理室の課題でもあり腕の見せ所でもあると思っています」

人事・総務部 キャリアカウンセリング室長
(兼)健康管理室長代行 片桐 二郎さん

「じつは、今朝、社内で定期健診を受けてきました。すべての検査を終えるまで約50分。多忙な業務の合間に、社内で健診が受けられることは、私も一社員として大変ありがたく思っています」

人事・総務部 健康管理室 平山 悦子さん(保健師)
「海外駐在中であっても現地からデータを送っていただくように要請しますし、健診も再検査も、保健師等が案内を促し続けます。弊社では社員のほうも、保健師等による受診勧奨や指導を、いい意味で『当たり前』と捉えてくれているように感じます」

健康コラム
KENKO-column