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働き盛りのメンタルヘルス vol.18

無自覚な思い込みはコミュニケーションの精度を下げる

本連載では、職場におけるストレスの1つである人間関係、つまり職場のコミュニケーションと働き盛り世代のメンタルヘルスは深く関係する――こうした視点にたって、今年の4月から5回にわたりコミュニケーションの意味や役割・機能を、多角的に考えてきました。今月からはこれまでの理論的背景を踏まえ、具体例を通して職場のコミュニケーションを考えていきます。

※このコラムは「健康保険」2011年9月号に掲載されたものです。

コミュニケーションは〝現場〟で起きている

これまでの連載では、日常的な言葉となっているものの、じつは意外とよくわかっていない「コミュニケーション」について、その意味や役割、そして構造と、コミュニケーションの基本的な理解を深めてきました。

組織で働く以上、1人で仕事をしているわけではありません。改めて自分の仕事を見つめなおしてみると、いかに多くの人との「かかわり」や「やりとり」があるかが見えてくることでしょう。つまり、仕事をしていくということは、常に他者となんらかの「やりとり」、すなわちコミュニケーションをし続けていくことであるとも言えます。それゆえ、コミュニケーションの理論的な理解を深めながら、日々コミュニケーションが生まれている現場(職場)の問題を通じてコミュニケーションを考えていくことが重要なのです。

今月からは、これまで触れてきた理論的な理解を踏まえ、職場で直面する「困った出来事」を紹介しながら、コミュニケーションへの理解をさらに深めていきたいと思います。

人に仕事を頼むのは難しい

私事ですが、最近このような出来事がありました。

私はセミナーや講演で多くの皆さまにお目にかかることが多いのですが、お話をしただけで仕事が終了するわけではありません。私どもは、参加者から頂戴したアンケートの単純集計に加え、その結果から見出された、セミナーの課題・問題点、そして参加者に今後必要となりそうな対策を記した「セミナー報告書」の提出をもって終了としています。この報告書は、原則として、セミナー翌日には主催者にお渡しできる状態にまで仕上げるのが社内ルールになっています。私はスタッフから上がってきたアンケートの集計結果と報告書に目を通し、コメントを書き加えて完成させる、これが基本的な仕事の流れです。

先日、アンケートの集計結果が上がってきたときのことです。アンケートでは、セミナーの満足度などはもちろん、参加者の「年齢」といった基本的な事柄も伺っていますが、集計結果のグラフの並び順が不自然であった点に気がつきました。問題となったのは、「年齢」の項目を円グラフにしたもので、20代の次に40代というように、集計数が多い順序に作成されていました。

筆者とスタッフのやりとり

【時盛】 お疲れさま。年齢の円グラフだけど、順番がおかしいと思わない?

【アシスタント】 何か、おかしいところがありましたか? 色もきれいだし、数字も間違っていないと思うんですが…。

【時盛】 年齢の順番、不自然だと思わない? 20代の次に40代はおかしいでしょ? 普通、若い人から順番に並べるよね?

【アシスタント】 これまでの報告書と同じように作ったはずなんですが…。

【時盛】 だとしても不自然だよね。これまでは、たまたまきれいに並んでいたんじゃないかな。

【アシスタント】 たしかに。言われてみれば、そうですね。やり直します。

【時盛】 よろしくね。

私たちは相手に大きな期待を持ってしまう

今回の件で私は、データを整理するとき「低い年齢から高い年齢」の順番に並べるのが、自然な流れであるとの考えがあり、「当然」のことだと思っていました。一方、アシスタントは、「きれいに」「見栄え良く」作ることが重要だと考えて、肝心のデータの順番に気が回っていなかったのでしょう。

こうした問題を生じさせないためには、はじめに作業内容を正確に伝えておくべきだったと言えます。つまり「相手はわかっているだろう」との思いから離れて、作業の内容や手順をマニュアルやルールに基づいて再確認することが大切になってくるのです。

しかし、明確な指示内容や適切なマニュアルを用いても、それのみでは相手の受け取り方のズレ、すなわち「個人の価値観の違い」にまで対応することは難しいでしょう。そこには手順の説明以前の問題、つまり相手が「こう考えてくれるはずだ」「これくらいわかるだろう」という、私たちが無自覚に相手に感じる期待や思い込みへの対応が含まれていません。

たまたま今回は、「報告書の項目の記載順序が違っていた」程度の小さな問題でしたが、同様の事態が、契約書の作成、大切なプレゼン資料のような、より重要度の高い場面で起きたとしたらどうでしょうか。今回の出来事から、私がアシスタントに対して、「わかってくれるだろう」との期待を無自覚のうちに持ってしまったことを痛感し、反省しています。

職場内の誰かに仕事を依頼した時、ルールや手順を伝えたはずなのに問題が起きたならば、ぜひ一度振り返ってみてください。自分が無意識的に、相手に「わかってくれるだろう」と、淡い期待を抱いていなかったかどうかを――。

「相手の立場に立ってお願いする」、この気持ちがあって情報伝達のスキルがはじめて生きたものとなるのです。

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