企業・健保訪問シリーズ
~健康経営 事例紹介~

昨今、「従業員の健康=企業の重要な資本」との考え方のもと、健康経営を実践する企業が増えています。「企業・健保訪問シリーズ ~健康経営 事例紹介~」では、さまざまな工夫で健康経営に成功している企業をご紹介していきます。

企業・健保訪問シリーズ
~健康経営 事例紹介~

東京商工会議所

健康経営の普及・啓発や企業の実践を支援する人材を育成

東京商工会議所(東商)は、東京23区内の会員(商工業者)で構成する民間の総合経済団体であり、経営支援活動、政策活動、地域振興活動を実施している。東商では、健康経営の普及・推進を担う人材を育成するため、経済産業省から健康経営の考え方を体系的に学べる研修プログラムの開発を受託し、2016年度から「健康経営アドバイザー制度」をスタートさせた。経営者に健康経営の必要性を伝え、実施へのきっかけを作る人材を育成する「健康経営アドバイザー」、健康経営に取り組む中小企業における実践支援を担う専門人材を育成する「健康経営エキスパートアドバイザー」の研修・認定を行っている。そこで、同制度創設の経緯や内容について、東京商工会議所ビジネス交流部会員交流センター主任調査役の飛澤和紀さん、同主査の小林陽子さんに聞いた。

──中小企業の健康経営推進を経産省と協議


東京商工会議所
ビジネス交流部会員交流センター
主任調査役 飛澤 和紀 さん

飛澤さん ▶

 生産年齢人口の減少と従業員の高齢化、深刻な人手不足、病気等により貴重な人材が継続して働けなくなるというリスクが高まる中で、中小企業において人材を確保し、長く生き生きと働いてもらえる環境づくりは不可欠となっています。

 東商では、2011年に「国民健康づくり委員会」で調査研究事業を実施、その後、2013年に「健康経営のすすめ」というリーフレットを作成するなど、健康経営の意義等について、普及啓発に取り組みました。

 東商の事業は、中小企業への支援がメインになります。2014年度には、経済産業省商務・サービスグループのヘルスケア産業課と中小企業の健康経営の推進について協議を始めました。当時、経産省では、東京証券取引所と連携した「健康経営銘柄」の創設も含め、どちらかといえば、大企業での取り組み推進を中心に考えていたようです。資金面でも人材面でも、大企業では健康に関する取り組みを比較的推進しやすい環境にあると思います。しかし、わが国では中小企業で就労する人が圧倒的に多くなります。中小企業、小規模零細企業については、そもそも、健康診断をきちんと従業員が受けているかどうかが課題となるような状況もありました。

 そうした課題を解決しなければ、働いている企業による健康格差が生じる可能性があるという問題意識の下、中小企業の健康経営推進について東商と経産省で協議することになりました。

 その後、2015年度から経産省の「健康寿命延伸産業創出推進事業」を受託し、その中で「健康経営アドバイザー制度」の検討を開始しました。当時、中小企業は約400万社といわれていましたが、そうした中小企業に対して健康づくりの取り組みを推進するためには、それをサポートするアドバイザーとして、1万人程度は必要ではないかと考え、企業の健康施策を担当する総務、人事部門、さらには健保組合職員、いわゆるヘルスケア産業関係者、中小企業診断士、社会保険労務士といった方がたを想定し、東商で研修プログラムを作ることになりました。

 また、健康経営の取り組み方法が分からず、なかなか一歩を踏み出せないという中小企業を具体的にサポートするために、専門家による支援、例えば産業医、保健師、健康運動指導士、中小企業診断士、社労士等による支援手法を検討しました。

 その結果、2016年度から「健康経営アドバイザー制度」をスタートしました。具体的には、「健康経営アドバイザー研修」と、「健康経営エキスパートアドバイザー研修」の2種類の研修を実施し、認定を行っています。

──企業等で支援できるスキルを習得

飛澤さん ▶

 「健康経営アドバイザー研修」は、健康経営に関する基礎的な知識を体系的に学ぶ研修で、普及・啓発を担う人材を育成するものです。企業の中で従業員の健康づくり等を推進する担当者に、まず知識を身に付けていただき、それを実務に役立ててもらうという位置付けとなっています。

 研修では、健康経営が注目されている背景、取り組みのメリット、具体的な取り組み方などについてeラーニング形式(テキストの動画解説)で受講し、修了者のうち効果測定において一定基準に達した方を「健康経営アドバイザー」として認定しています。初年度の2016年度には7335人が認定を受け、現在では1万6千人超が認定を受けています。従業員への研修として活用される団体受講も増加しています。健保組合からの団体受講申し込みの例もあります。

 一方、「健康経営エキスパートアドバイザー研修」は、健康経営に取り組む上での課題抽出、改善提案、計画策定等の具体的な取り組みをサポートできる実践支援者を育成することを目的としています。企業等に健康経営の取り組みを支援できるスキルを習得できる研修プログラムとなっています。

 受講資格は、①「健康経営アドバイザー」の認定を受けていて、②中小企業診断士、社会保険労務士、労働衛生コンサルタント、医師、保健師、看護師、管理栄養士、健康運動指導士の有資格者、または実務経験者、のいずれかを満たす方となります。

 研修では「健康経営アドバイザー研修」と共通のテキストを用いて、より深く掘り下げた知識を身に付けていただくことになります。知識確認テストを実施し、合格された方を対象に、ケーススタディーを用いたワークショップによる研修を実施します。実務経験豊富な講師陣がワークショップで指導しますので、実務レベルの学習ができるようになっています。ワークショップ終了後、効果測定で一定の基準に達した方を、「健康経営エキスパートアドバイザー」として認定しています。

 「健康経営エキスパートアドバイザー研修」は2018年10月からスタートし、これまでに約1600人を認定しています。認定者は東商ホームページに掲載可能となっています(掲載は任意)


東京商工会議所
ビジネス交流部会員交流センター
主査 小林 陽子 さん

小林さん ▶

 東京商工会議所としての事業となりますが、「健康経営アドバイザー」の認定に関しては全国レベルで行っています。「健康経営エキスパートアドバイザー」のワークショップも全国で実施しています。従来は東京、大阪、名古屋、九州会場において対面で実施していましたが、新型コロナの感染拡大を受けて、現在はオンラインで実施しています。逆に、オンラインだから参加できるようになったという面もあると思います。

──都事業として専門家を派遣し中小企業を支援

飛澤さん ▶

 「健康経営アドバイザー制度」の活用の1つの例として、東京都の「職域健康促進サポート事業」における専門家派遣の取り組みがあります。東京都では、健康経営の取り組み促進のため、中小企業基本法に定義される都内の中小企業を対象に、普及・啓発、取り組み支援を実施しており、東商において同事業を受託しています。普及・啓発に関しては、東商と連携協定を締結した協力企業・団体の「健康経営アドバイザー」が経営層に対する普及・啓発、意識調査等を行っています。取り組み支援では、専門家である「健康経営エキスパートアドバイザー」を派遣して、健康づくり等の具体的な取り組みを支援しています。

 普及・啓発は2020年度に6458社、2021年度も7084社で実施しています。取り組み支援は、2020年度で104社に対し447回、2021年度で117社に対し461回のサポートを実施しています。

小林さん ▶

 東商の「健康経営倶楽部」というホームページに、この専門家派遣事業を利用して健康経営に取り組んだ企業の中から好事例をピックアップして掲載しています。その中では、例えば建設業の会社で健康経営に取り組んだ結果、「社内が明るく、コミュニケーションが活発になった」、「産業医相談やストレスチェックの導入など、自社に合った健康経営の取り組みを進められた」といった声も紹介しています。

飛澤さん ▶

 健保連東京連合会、協会けんぽ東京支部では、「健康企業宣言」を行い、一定の成果を上げた企業を「健康優良企業(銀の認定、金の認定)」として認定する制度を実施されています。東商としても健康経営を推進したい考えでしたので、同制度を実施する「健康企業宣言東京推進協議会」に参画しています。この協議会には東京都も参画して、健康宣言企業の拡大や、認定企業の増加を図っていく取り組みに力を入れてきました。

 そうした中で、東商が東京都の事業を受託して専門家派遣を実施していますが、そのスキームを活用し、「健康企業宣言支援事業」として、2020年度からは健保連東京連合会に所属する健保組合に加入する事業所に対する専門家派遣を実施しています。支援対象は、所在地が東京都外(東京都近郊に限る)にある事業所です(加入する健保組合は東京都所在)。健保組合から申し込んでいただき、東京都の専門家派遣事業と同じスキームで取り組み支援を実施しています。これまで年間10社程度の利用があります。

──中小企業が最初の一歩を踏み出せるよう支援

飛澤さん ▶

 「健康経営アドバイザー」制度については、健保組合職員の方の利用もあります。ある健保組合では、傘下の事業所に健康づくりを推進するために何をすべきかについて、担当者の知識習得を目的として、受講することにしたとお聞きしています。

 実際に健康指導のため事業所を訪問して、セミナー等を開催する等の際には、「健康経営アドバイザー」という資格を取得していることでこの分野の専門家という位置付けで、先方にも受け入れていただけるというお話でした。健康づくりの指導に行く健保組合職員の方自身にとっても、やはり「アドバイザー」だという意識付けになり、有意義であったという評価をいただいています。

 また、別の健保組合では、職員の方が「健康経営エキスパートアドバイザー」の認定を受けて、実際に傘下企業の健康経営優良法人認定取得のサポートまで行っているとのことでした。

 このほか、ある大学では、健康運動指導士など、いわゆる健康づくりに関する職業を目指す学科の学生が「健康経営アドバイザー」の認定を受けています。健康経営の認知度が上がって取り組みも広がってくれば、学生の就職の際にも、「健康経営アドバイザー」の認定を受けていることが、アピールポイントになるのではないかというお考えがあるようです。他にも、興味を持っておられる大学や専門学校もあると聞いていますので、東商としても、今後は教育機関へのアドバイザー資格のアプローチもしてみたいと考えています。

小林さん ▶

 健康経営に取り組んだ結果、職場の雰囲気が明るくなった、残業時間が減って離職率が減った、企業のイメージ向上につながって採用者数が増加し、優秀な人材の確保につながったという声もあります。運動不足だからラジオ体操を実施するようにした、自動販売機のジュースをカロリーの低いものに替えたといったように、本当に小さなことから社員の健康のために取り組まれている企業もありますし、社労士の協力を得て人事システムから変えるといった大きな取り組みをしている企業もあります。

 企業によって健康課題はそれぞれ異なると思いますが、小さな一歩は、大きな改善につながっていくと思います。その意味でも、「健康経営アドバイザー」の認定取得を第一歩として、その後の企業の取り組みにつなげていただければと思っています。

 健康づくりに投資することをコストと考えるのではなく、将来的には健康経営に取り組むことが業績の安定につながるということで、ぜひ、健康づくりを投資と捉えて取り組んでいただければと考えています。

飛澤さん ▶

 今後の企業経営において、健康に関する取り組みは外せない要素だと考えます。しかし、その重要性を認識していても、どのように取り組めばよいのか分からない、最初の一歩が踏み出せないという中小企業に対して、ちょっと背中を押してあげるのが「健康経営アドバイザー」、より具体的な支援をするのが「健康経営エキスパートアドバイザー」の仕事だと思っています。

 これらの認定を受ける方が増えていくことで、結果として、健康経営に取り組むことのハードルはそんなに高いものではないということを、少しでも多くの企業に知っていただくことにつながればよいと思っています。

健康コラム
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