健康コラム
企業・健保訪問シリーズ
~健康経営 事例紹介~

昨今、「従業員の健康=企業の重要な資本」との考え方のもと、健康経営を実践する企業が増えています。「企業・健保訪問シリーズ」では、さまざまな工夫で健康経営に成功している企業をご紹介していきます。
企業・健保訪問シリーズ
~健康経営 事例紹介~
株式会社資生堂
資生堂健康宣言に基づき経営層も巻き込み女性の健康対策を推進
化粧品の製造・販売を中心に約120の国と地域で事業を展開する株式会社資生堂は、企業使命に「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD〜美の力でよりよい世界を」を掲げている。その実現には社員が健やかな美を体現していることが不可欠であることから、2018年度に「資生堂健康宣言」を策定。2022年度には健康経営の基盤となる「労働安全衛生マネジメントシステム体制」を構築し、資生堂グループで働く人にとって安心・安全で健康的に働ける職場環境を整備している。社員の約8割は女性であることから、女性の健康対策に力を入れており、2023年度からは3カ年計画で更年期やPMS、プレコンセプションケアなどをテーマにイベント等を実施。役員も巻き込むことで社内への浸透を図り、働きやすい職場環境の構築と社員のリテラシーの向上を図っている。これまでに「健康経営優良法人(ホワイト500)」に5回認定されている同社の健康経営の取り組みについて、ピープル&カルチャー本部ピープルサービス&エクスペリエンス部ウェルネスサポートグループ・グループマネージャーの村山那美子さん、統括産業医の足立祥さん、統括保健師の岸美代子さんに聞いた。
【株式会社資生堂】
設立:1872年
本社:東京都中央区銀座7-5-5
代表執行役 社長 CEO:藤原憲太郎
従業員数:27,908人(2024年12月末時点)
──社員1人ひとりが美しく健やかであるために

株式会社資生堂
ウェルネスサポートグループ
グループマネージャー
村山 那美子 さん
村山さん ▶
当社は1872年に東京・銀座で西洋風の調剤薬局として創業し、現在は化粧品の製造・販売を中心に約120の国と地域で事業を展開しています。企業理念には「Beauty Innovations fora Better World」を掲げ、美の力でよりよい世界をつくることを目指しています。その実現には、社員1人ひとりが美しく健やかであることが不可欠との考えから、2018年度に経営トップによる「資生堂健康宣言」を発表しました。以降、私たちが所属するウェルネスサポートグループを中心に、健保組合とも連携して健康経営の取り組みを進めています。
また、2019年の工場事故をきっかけに、全社的な労働安全衛生マネジメントシステムを立ち上げました。全ビジネス領域の担当者および役員、医療専門職で構成される「Health & Safety Committee」(以下、H&Sコミッティー)を組織しており、年3回、健康や安全に関して協議する場を設けています。
足立さん ▶
当社のビジネス領域は、①工場・物流②営業・店頭③研究開発④コーポレート――の主に4つに分けられます。H&Sコミッティーがあることで各領域を横断的につなぎ、効果的な情報共有や施策の検討を行うことができます。たとえば、化学物質の管理は工場や研究所以外の領域では十分に意識されていない側面がありますが、店頭で化粧品の販売等を行う美容職が利用する業務用の石けん・洗剤なども管理対象に含まれますので、最近の法改正も踏まえた情報提供を行い、全社的に認識を深めてもらっています。H&Sコミッティーには決裁者である役員も参加しているので、重要な施策の決定をスムーズに行うことができるのも強みですね。

株式会社資生堂
ウェルネスサポートグループ
統括産業医 足立 祥 さん
村山さん ▶
労働安全衛生マネジメントシステムは健康経営の基盤です。一方、健康経営施策の推進に当たっては、健保組合と月1回のコラボヘルス会議を開催し、役割分担や次年度の予算計画等について議論しています。資生堂グループには約60名の医療専門職がいるため、優先度が高く、かつ社員の健康課題については、事業主側でリードして対策を行うこともあります。
足立さん ▶
コラボヘルス会議では、健診結果に基づく社員への対応に関する擦り合わせなども行っています。社員にとっては会社と健保組合の両方から同じようなアプローチをされると負担になりかねないので、産業医の面談と特定保健指導のどちらを優先するべきかなど、健診システムも活用して判定基準の整備を行っているところです。今後さらにその精度を上げていきたいと考えています。
──役員も巻き込んで女性の健康イベントを開催
岸さん ▶
具体的な健康施策としては、“5projects”と称して、「メンタルヘルス対策」「女性の健康対策」「がん対策」「生活習慣」「タバコフリー(禁煙推進)」の5つの重点課題に取り組んでいます。
なかでも力を入れている取り組みの1つが社員の約8割を占める女性の健康対策です。2020年度には「女性の健康プロジェクト」を立ち上げ、2023年度からは3カ年計画で段階的に施策を進めています。2023年度は更年期にフォーカスし、社員のヘルスリテラシー向上と働きやすい職場環境の構築を目的に、年3回の社内イベントの開催やeラーニングの提供、医療専門職による健康相談窓口の周知を行いました。2024年度は月経やPMS、妊娠・不妊・プレコンセプションケアをテーマに実施し、2025年度は適正体重、貧血、骨粗しょう症をテーマに同様の取り組みを実施しています。
イベントでは、健保組合が実施しているHPVワクチンの接種費用補助なども案内して、保健事業の活用を促しています。
村山さん ▶
特長の1つが、役員も巻き込んでイベントを実施している点です。たとえば、更年期のセミナーでは女性役員が登壇して、キャリアと自身の症状との付き合い方について話をしてくれました。「昇進の打診を受けたときに更年期真っただ中だったので、正直にそのことを上司に伝えた」など、なかなか聞けない話をオープンに話してくださり、「1人で抱え込まずに相談してほしい」と背中を押すようなメッセージを伝えてくれました。月経に関するイベントでは男性役員も登壇し、部下との向き合い方だけではなく、ご家族とのエピソードを話してくださるなど、参加者が身近に感じられる話題を提供してくれています。
また、役員の話の中では、具合が悪くなったときだけに声をかけるのではなく、日ごろの挨拶も含めて気軽に話せる関係を構築しておくことが大切と強調された点も印象的でした。
岸さん ▶
イベントはより多くの人が参加できるように対面とオンラインの両方で開催し、録画配信もしています。美容職の方については、業務の研修の中に動画配信を組み込んでもらっており、更年期のセミナーの視聴数は延べ約1万人弱を達成しました。事後アンケートでは95%以上が満足と回答するなど、満足度も高い傾向にあります。こうした取り組みが評価され、(公社)女性の健康とメノポーズ協会が認定する『女性の健康経営®アワード』を2年連続で取得することができました。
──メンタルヘルス対策や禁煙推進にも取り組む

株式会社資生堂
ウェルネスサポートグループ
統括保健師 岸 美代子 さん
岸さん ▶
メンタルヘルス対策については、セルフケアなどの一次予防に加えて、再休職の防止や円滑な職場復帰の観点から、外部の臨床心理士のサポートのもと、正式復帰前の試し出社期間に認知行動療法や自己の振り返りなどを行うプログラムを実施しています。ストレスチェックについては受検率がようやく90%を超え、集団分析結果のフィードバックも実施して職場環境改善につなげています。
足立さん ▶
集団分析についてはエンゲージメント調査とストレスチェックの結果を紐づけて、組織の健康度を示す取り組みも行っています。昨年までは部門長面談という名称で各部門のトップに分析結果を示し、自部門の傾向を知ってもらうとともに、コミュニケーションを見直すきっかけとしてもらうなど、組織改善のアクションにつながるように医療専門職が支援していました。2025年度は少しかたちを変えて同様の取り組みを実施する予定です。
また、「タバコフリープロジェクト」という名称で禁煙を推進しており、2023年度には社長名で「タバコフリーポリシー」を発表しました。個人へのアプローチとしては、健保組合が実施するリモート禁煙外来プログラムの活用を促しています。喫煙率は減少傾向にあり、2029年度には敷地内禁煙の達成を目指していますので、引き続き健保組合とも連携して禁煙のサポートを進める予定です。
岸さん ▶
今後の課題としては、美容職の転倒予防も強化したいと考えています。とくに50歳以上の女性において転倒・転落による骨折など休業を要する労災が多く発生しています。職場環境の整備に加えて、個の体を柔軟に鍛える取り組みの必要性を感じています。2024年度に下肢筋力の向上などにつながる資生堂オリジナルの「ウェルちゃん&セフィちゃんエクササイズ」を作成したので、より多くの人に実践してもらえるように今後周知していきたいと考えています。
──コラボヘルスによる高いがん検診受診率
岸さん ▶
健保組合とのコラボヘルスで一番成果が出ているのは、がん検診の受診率向上です。事業主の法定健診と健保組合が費用補助するがん検診を同日受診できるようにしていることで利便性を高めており、直近の5大がんの検診受診率は、肺がん99%、胃がん78%、腸がん78%、乳がん91%、子宮頸がん80%となっています。2024年度にはがん対策推進企業アクションにおいて、健保組合が厚生労働大臣最優秀賞を受賞しました。
足立さん ▶
今後は、再検査や精密検査の受診促進などについても連携を強化していきたいですね。がん検診の結果に基づく産業医の健康相談や、社員の健康課題や年代別のリスクに応じた検診項目の定期的な見直しについても健保組合に期待するところです。最新の医学知見や受診者のニーズを踏まえた検診内容のアップデートにより、早期発見・早期対応がより効率的に実施できると考えています。健保組合のデータ分析による健康課題の可視化や、それに基づく保健事業の展開に期待しつつ、さらに連携を強化できればと思います。
──健康経営を社内に浸透させるために
岸さん ▶
健康イベントに社内での影響力のある役員が登壇してくれていることは、健康経営を浸透させる大きな力になっていると思います。一方、社員へのアンケート調査からは、ウェルネスサポートグループの存在があまり知られていないことが明らかになったため、健康イベントなどで社員と顔を合わせる機会を積極的に設けています。外部の講師ではなく、基本的には社内の産業医や保健師がセミナーを行うことで、身近な専門職として認知してもらえるように努めています。
村山さん ▶
社内広報活動としては、社員が健やかで安心・安全に過ごせるようにという願いを込めて、2023年度に双子のマスコットキャラクター「ウェルちゃん&セフィちゃん」を作成しました。椿つばきの花びらとハートをモチーフにしており、名前は社員からの公募で決定しました。ほかにも、ウェルネスサポートグループのメンバーによる健康アドバイスを川柳形式で紹介する日めくりカレンダー『WELLNESS Calendar』を作成し、イベントの参加者に配付して、健康意識を継続的に高めてもらう工夫をしています。
足立さん ▶
健康や安全にかかわる施策は短期間で数値的な効果を示すのは難しい部分はありますが、ストレスチェックの受検率の向上などは1つの成果であると思います。これまでの取り組みの結果として、「健康経営優良法人(ホワイト500)」も取得できています。
村山さん ▶
日々の活動をホワイト500などの対外的評価に落とし込むことも大事にしつつ、長期的なスパンで効果を出せればと考えています。産業保健に割けるリソースは限りがありますが、その分、工夫のしがいはあります。事業主と健保組合が一体となって健康経営を推進する体制ができていることはこれまでの取り組みの成果であり、私たちの強みです。事業主と健保組合では対象領域が異なる部分はあるものの、限りあるリソースを有効活用するためにも、今後も一体となって取り組みを進めていきたいと考えています。