健保ニュース
健保ニュース 2025年11月上旬号
宮永会長 基調演説
皆保険の持続性確保へ改革断行を
現役世代の負担軽減し、全世代で支え合い
健保連の宮永俊一会長は10月22日の令和7年度健保組合全国大会で基調演説した。現役世代の減少と高齢者医療費の増加が重なる「2025年問題」は「終わりではなく、むしろ深刻化している」と指摘し、「このままでは早晩、医療保険制度は限界を迎えてしまう」との危機感を示した。その上で、国民の安心の礎である皆保険制度の将来に向けた持続可能性を確保するためには、現役世代の負担を軽減し、「全世代が負担を分かち合い、互いに助け合う制度」になるよう抜本改革を断行しなければならないと訴えた。〈宮永会長の基調演説は次の通り〉
健保組合全国大会は、全国の健保組合関係者が一堂に会して団結をさらに強めるとともに、私たちの声を世論に、そして、国政に訴える重要な大会だ。
本日の全国大会を通じて、私たちの現状と課題を共有し、健保組合加入者2800万人の声として広く世の中に、そして、国政にしっかりと届けていきたい。
我が国の足元の社会・経済状況をみると、今年の春闘では2年連続で5%台の賃上げが実現し、特に今年は昨年を上回る34年ぶりの高い伸びとなった。また、最低賃金も全国平均で1121円となり、過去最高額を更新した。大企業だけでなく、中小企業にも賃上げの勢いが波及してきている。
しかし、中小企業の上昇率はいまだ大企業レベルに至っておらず、このモメンタムを一過性のものとせずに、「人への投資」を強化しつつ、「多様な人材の活躍」を推進することで企業規模間の賃上げ格差の解消と、物価上昇を考慮した実質賃金の増加につなげ、成長と分配の好循環を実現していかなければならない。
また、世界の中における相対的な日本の力を維持していくためには、国内経済の成長が何よりも必要だ。財政面、税制面の政策を総動員して、国内外の企業による直接投資を拡大させることで、国内における創出付加価値を増加させていくとともに、我が国の根本的な課題である少子化問題に対して、忍耐強く取り組んでいく必要がある。
一方、現在の国際情勢は経済、安全保障など様々な面で、ますます混迷の度合いを深めている。ロシアによるウクライナ侵攻は、3年が経過しても有効な解決策が見いだせず、深刻さを極める中東ガザ地区の人道危機はここにきてようやく人質解放に至ったが、恒久的な和平の行方はいまだ混沌としている。大国間の覇権争いが、国際社会の分断と対立を生む構図は何としても避けなければならない。
日本も国際社会の一員として、責任感を持って国際秩序の回復に重要な役割を果たしていくことが求められる中、昨日の臨時国会で、自民党の高市早苗新総裁が女性初の総理大臣に選出され、世界からも好感を持って迎えられた。
日本には、物価高や米国の関税措置への対応、外交・安全保障対応、持続可能な社会保障制度への改革など国そのものを揺るがしかねない重い課題が山積している。まずは、重要な同盟国として、米国のトランプ大統領と相互に深い信頼と協調関係を築いて、我が国経済の足元を固めるためのリーダーシップに期待する。
現役世代に過重な負担
依然厳しい財政状況
こうした内外の状況下、私たち健保組合の財政は大変に厳しい状況が続いている。
令和6年度の健保組合の決算見込みは、145億円とわずかに黒字となったが、全体の賃上げや保険料率の引き上げなどにより、かろうじて黒字を確保できたにすぎず、依然として約半数の660組合が経常赤字に苦しむ状況だ。
企業の賃上げに基づいて保険料収入が伸びたにもかかわらず、高齢者医療への拠出金がそれを上回って過去最高額となり、保険料率の引き上げがなければ赤字に転落するという、構造的な問題は残されたままと言える。
さらに、今年2025年は団塊の世代全員が75歳以上となる節目の年だ。医療の高度化や高額化などに伴い、医療費が増加しいていくことは確実であり、高齢化のピークを迎える2040年に向けてその傾向はさらに強まると見込まれている。
一方で、我が国の根本的な課題として先ほど申し上げた通り、少子化に伴い支え手である現役世代の人口は急速に減少している。
我が国の昨年の出生数は、68万6000人あまりとなり、統計を取り始めて以降、初めて70万人を下回った。さらに、今年上半期の出生数も34万人弱にとどまり、過去最少を更新するペースで少子化が進行し続けており、これからも減少し続けていくことが予想されている。
「減少する現役世代で、増加する医療費を負担していかなければならない」といういわゆる「2025年問題」は終わりではなく、むしろ深刻化していると言える。このままでは早晩、医療保険制度は限界を迎えてしまうのではないかと強い危機感を抱いている。追い込まれた健保組合の解散が相次げば、国民皆保険制度の根幹を揺るがす事態にもなりかねない。
今こそ、現行制度のあり方を抜本的に見直し、国民が将来にわたって安心できる制度へ改革を断行しなければ、手遅れになりかねない。
健保組合の価値の再認識
危機的状況打開のカギ
本年度の大会はこうした厳しい状況認識のもと、「皆保険存続の危機!持続可能な制度のために今こそ抜本改革を─現役世代を守れ、2025年問題は終わっていない─」をテーマに掲げた。
これまで国民の安心の礎である日本の皆保険制度は、応分の負担で必要な医療を受けることができる、万人に等しく、温かい制度であり続けてきた。しかし、将来に向けてその持続性を確保するためには、制度の支え手である現役世代の負担を軽減し、全世代の人びとが負担を分かち合い、互いに助け合う制度となるよう今まさに改革を断行しなければならないという思いでテーマを策定した。
さらに、こうした危機的状況を打開するためには、私たちの最大の応援団である健保組合の加入者や事業主の方がたに、危機感を共有していただくとともに、私たち健保組合の価値を再認識していただくことが最も大事だ。
このため、健保連では加入者、国民をはじめ、全てのステークホルダーに、今まで以上に皆保険制度を維持する取り組みをお願いするとともに、ご支援いただきたい事項をまとめた新提言「『ポスト2025』健康保険組合の提言」を策定した。
加入者、国民への「3つのお願い」、健保組合としての「4つの約束」と「5つのチャレンジ」、さらに、国に対して実現を求める制度改革に整理し、組織を挙げて実践していくこととしている。
本日の全国大会では、私たちの決意と新提言の趣旨を踏まえ、4つのスローガンを掲げている。1つ目は「現役世代の負担軽減と全世代で支える持続可能な制度の実現」だ。
我が国の高齢化や医療の高度化などにより、医療費の増加傾向が続く中、支え手である現役世代は減少し、国民の安心を支えてきた皆保険制度は存続の危機に直面している。世界に誇る皆保険制度を将来に向けて持続可能にしていくためにも、今こそ現役世代に過重な負担となっている制度を抜本的に見直し、全世代で支える改革の実現を訴える。
そのためには、加入者、国民の理解と協力が不可欠であり、私たち自身が発信力強化に取り組む決意を盛り込んだ。
2つ目は「保険給付の適正化・重点化と負担の公平性確保」だ。医療技術の発展に伴う医療の高度化や、高額薬剤の保険収載などにより、医療費は増大し続けている。急速に少子高齢化が進展する中で、現役世代に過度に依存した負担構造のままでは、給付と負担のアンバランスがますます拡大し、制度の持続性は確保できない。
医療費の財源は有限であるとの認識のもと、自身の健康を守ることから始まるセルフメディケーションの取り組み推進するほか、適正化に資する保険給付範囲の見直しや経済性も考慮した薬剤使用の最適化など「給付と負担の見直し」に果断に取り組む必要がある。
3つ目は「安全・安心で効果的・効率的な医療提供体制の構築と医療DXの推進」だ。医療ニーズの変化や医療・介護従事者の減少が進む現状のままでは、これまでの医療提供体制を確保することは難しくなっていくだろう。
患者が自分の状態に応じて、必要なときに必要な医療を受けられる体制を整えるためには、限りある医療資源を有効に活用することが肝要であり、医療機能の分化・連携の強化と地域の状況に応じた集約化が必須となる。
まずは、かかりつけ医機能の浸透や大病院と中小病院・診療所との役割分担を図ることによって、国民にわかりやすく、安全・安心で効果的・効率的な医療提供体制を構築していかなければならない。
また、医療DXは国民がより良質かつ効率的なサービスを受けられる体制を構築するために不可欠の施策だ。国は近い将来、患者の医療情報を集約して、リアルタイムで共有できる「全国医療情報プラットフォーム」の構築を目指しているが、その基盤となる重要なツールがマイナ保険証だ。
私たち健保組合としても、患者の利便性向上や個人の健康管理の増進にも寄与するマイナ保険証をさらに進めていかなければならない。12月に迫った完全移行を無事に終えられるよう、健保組合の皆様にも引き続きのご協力をお願い申し上げる。
最後の4つ目は「加入者の健康を支える健保組合の保健事業の充実・拡充」だ。健保組合は事業主とともに、加入者の特性に応じたきめ細やかな保健事業を効果的・効率的に展開し、健康づくり・疾病予防などに取り組んできた。
これからも、今までの取り組みを確実に継続・拡充するとともに、人口構造の変化や働き方の多様化など、社会情勢の変化に対応して加入者のために保険者機能を発揮していくことが健保組合の役割であり、使命である。
医療保険制度の継承へ
発信力高め理解醸成
戦後80年を迎える今日、日本は驚異的な復興と高度経済成長を経て、先進国として成熟した民主国家へ、そして、世界有数の健康長寿国となった。これまでの日本経済の発展の背景には、諸先輩、先人達の血のにじむような努力と知恵があった。それには、経済的な心配をせずに医療を受けることができるセーフティーネット的な医療保険制度の存在が重要な役割を果たしてきたことは間違いない。
しかし、現行制度のままでは、現役世代の負担はさらに重くなり、いずれ限界が来るだろう。その結果、若い世代の不安や不満が制度への不信感につながり、社会全体で制度を支えていく気持ちが衰えてしまうかもしれない。
こうした未来は断じて避けなければならず、私たちの世代はこの豊かな日本を守り、そして将来世代に引き継いでいかなければならないと強く思う。
私たち健保組合はこれまでも相互扶助の精神に基づき、様々な事業を展開し、加入者の健康と安心に寄り添ってきた。制度の持続可能性が問われている今こそ、私たち健保組合の英知を結集し、発信力を高め、現役世代への理解促進の取り組みに努めていかなければならない。
また、公的保険である健康保険において、私たちの主張を前に進め、改革を実現するためには、仲間を増やし、世論を味方につけていく必要がある。
これから年末にかけ、経済対策を含む今年度の補正予算や来年度予算編成に向けた動きが本格化する見通しだ。8年度には物価・賃金上昇などの対応が焦点となる診療報酬改定や、子ども・子育て支援金の徴収開始が予定される中で、社会保障分野の重要な課題にも答えを見いだしていかなければならない。
私たちも、健保組合の主張にご理解、ご賛同いただける与野党の国会議員としっかりと連携し、主張実現を図っていきたい。
私も先頭に立って取り組んでいくので、健保組合の関係者の皆様がたからの引き続きの絶大なご支援、ご協力をお願い申し上げるとともに、本日ご出席いただいた皆様、並びにご家族の方がたのご健勝とますますのご発展を祈念して、私の基調演説とする。