健保ニュース
健保ニュース 2025年9月下旬号
協会けんぽ運営委
8年度保険料率 引き下げ意見多数
堅調な財政状況を勘案
全国健康保険協会運営委員会(委員長・田中滋埼玉県立大理事長)は10日、協会けんぽの令和8年度の平均保険料率について議論を開始した。10年以上黒字決算が続き、準備金が6兆円近く積み上がっていることから、委員からは引き下げを求める意見が多数上がった。平均保険料率は12月23日の運営委員会で決定する見通し。
協会けんぽ事務局はこの日の会合に、保険料率と準備金の今後10年間の粗い試算を提示した。その上で、賃上げによる保険料収入の増加や加入者の高齢化と医療の高度化による保険給付費の増加、物価高や賃上げの影響を反映した診療報酬改定による医療費上昇リスクを論点に挙げた。
試算は協会けんぽの平均標準報酬月額の推移を踏まえ、賃金上昇率を1.8%、1.4%、0.9%の3パターン設定した。さらに、「幅を持った試算」として2.3%、0%の2パターンも示した。
支出については、75歳未満の1人あたり医療給付費の伸び率を0.5~5.1%の範囲で設定し、「賃金の伸び率が高くなれば医療費の伸び率も上振れする可能性が高い」という傾向を踏まえて試算した。
例えば、医療給付費の伸び率を2.8%と設定すると、賃金上昇率が1.4%または0.9%の場合、現行の保険料率10%を維持しても10年以内に単年度収支が赤字になると試算した。準備金残高はそれぞれ9兆円弱、6兆円強になると見込む。
また、賃金上昇率が1.8%の場合、8年度以降の保険料率を9.9%に引き下げると、10年後には単年度収支が200億円の赤字に転落すると見通した。準備金残高は9兆円近くまで積み上がる。
賃金上昇率が0.9%の場合、8年度以降の保険料率を9.5%に引き下げると、9年度には単年度収支が赤字になり、17年度の準備金残高が法定基準の1か月分を下回る。
馬場章夫委員(愛国製茶代表取締役)は物価高騰などで厳しい経営環境にある事業主や被保険者の負担を抑制する観点から、保険料率引き下げの検討を求めた。
また、保険料率を据え置いた場合、来年度から始まる子ども・子育て支援金が、「事業所や被保険者にとって実質的な負担増と認識されてしまう」と懸念を示した。
小林広樹委員(全日本学校教材教具協同組合代表理事)は準備金残高が高水準で推移し、一般的には財政状況が安定しているとみえる状況で、「従来通りの説明で事業主と従業員に保険料率10%の維持を理解してもらうのは難しい」と述べた。
さらに、物価高やその影響を盛り込む次期改定による医療費の上昇などの懸念材料に配慮しつつ、「引き続き医療費抑制の努力や国庫補助金の引き上げを要望した上で、わずかでも保険料率引き下げを検討する余地が出てきた」と指摘した。
一方、後藤励委員(慶応義塾大大学院教授)は、かなり楽観的な試算でなければ、10%の保険料率を維持しても10年後には単年度収支が赤字に転落する可能性があることや、今後の医療費上昇リスクを踏まえ、「保険料率据え置きもやむを得ない」と述べた。
小磯優子委員(全国社会保険労務士会連合会元理事)は「どのような場合に保険料率を引き上げるか引き下げるかという根本的な議論を始めてもいいのではないか」と提案した。
生保の準備金制度参考に
リスク4兆円規模と試算
また、協会けんぽ事務局はこの日の会合に、協会けんぽと同様に準備金の積み立て義務がある生命保険会社や損害保険会社の準備金制度を参考に、想定されるリスクと影響額の試算を示した。影響額の総額は4兆円規模になると予想した。
生保会社などでは、通常の予測の範囲内のリスクに備える「保険料積立金」や、それでカバーできないリスクに備える「危険準備金」、大災害による保険金支払いに備える「異常危険準備金」などを積み立てている。
こうした対応にならい、協会けんぽは支出面のリスクとして、「高齢化に伴う給付金、支援金」に0.11兆円、新型コロナウイルス感染症の流行による医療給付費の増加を参考にした「パンデミック」に0.39兆円、南海トラフ巨大地震による一部負担免除を想定した「大規模自然災害」に0.7兆円などと見込んだ。
収入面では、大きな景気変動を受けて標準報酬月額が下がった平成11年度から16年度の保険料収入の減少額を参考にした「景気変動」を1.22兆円などとした。
収入減と支出増による影響の規模は4.34兆円に上る。これを基に生保会社などが通常の予測を超えるリスクに対し、どの程度の自己資本や準備金などの支払い余力があるかを示すソルベンシー・マージン比率を機械的に試算すると245%になり、適正基準である200%を上回った。
このほか、準備金残高の額面は高いものの、加入者1人あたりの金額を各保険者と比較すると、「必ずしも突出しているとはいえない」と分析した。
委員からは、法定準備金の1か月分が「独立した保険者として自立して運営する協会けんぽにとって適当なのか考慮する必要がある」といった意見があった。
協会けんぽ事務局は今回の議論を踏まえ、準備金残高の適切な水準を検討する意向を示した。