健保ニュース
健保ニュース 2025年9月中旬号
現役世代の負担軽減へ
医療保険制度全体の見直しを
日本航空・計機 両健保組合が高療専門委で意見
厚生労働省の高額療養費制度の在り方に関する専門委員会(委員長・田辺国昭東京大大学院教授)は8月28日、関係団体から意見を聴取した。保険者を代表して日本航空健保組合の岡敏樹理事長と計機健保組合の日原順二常務理事が出席し、現役世代の負担軽減に向け、高額療養費だけでなく、医療保険制度全体を見直すよう訴えた。これまでに行った患者団体からのヒアリングでも制度全体の見直しを求める意見が目立っており、議論の方向性が検討範囲を超える中、秋の高額療養費の見直し方針決定に向けた専門委の対応が焦点となる。また、政局を巡る不透明感が高まる中、親会議である社会保障審議会医療保険部会が専門委の議論を踏まえ、制度全体の見直しとしてどう対応するかも課題になる。
岡氏はまず、健保組合が取り組む保健事業の重要性を強調し、新たな課題として上がっている女性のやせへの対策を始めたと説明した。
また、健保組合が国に先駆けて取り組んだ事業として、データに基づいた健康増進事業やジェネリック医薬品の利用促進、婦人科検診の受診率向上を挙げ、「健保組合の保健事業が日本の健康寿命の延伸や医療費の適正化に貢献している」と述べた。
一方、健保組合は財政上の問題を抱えているとして、増加する高齢者医療への拠出金負担を課題に挙げた。集めた保険料の半分近くを高齢者医療のために拠出する仕組みは「加入者にとってわかりにくく、健康保険制度に対する不安につながる」と懸念し、高齢化や医療の高額化への対応について、「国民的な議論が必要だ」と主張した。
高額療養費制度については、重要なセーフティーネットであり、「自己負担の上限額を引き上げたくないという思いは健保組合も同じだ」と述べた。
一方で、「医療費が増加し、現役世代の保険料負担が限界にある中、医療保険制度を維持するためには、高額療養費を含む幅広い項目について、給付と負担の見直しが避けられない」と指摘し、現役世代の保険料負担軽減に向けた制度改革に早急に取り組むよう要望した。
その上で、「制度の見直しや社会の変化に対応しながら、これまで以上に加入者の健康保持、増進に取り組みたい。それが我々健保組合の責務だ」と語った。
日原氏は健保組合の存在意義に保険給付と保健事業を挙げ、フレイルやロコモティブシンドロームへの対策の取り組みを紹介した。
また、新型コロナワクチンの職域接種の取り組みについて、加入事業所の従業員だけでなく、その取引先や近隣の事業所、住民にも開放し、延べ2万8000人以上を対象に実施したと説明した。
保険給付に関しては、計機健保組合の法定給付費が増加傾向にあることを説明し、加入者の高齢化や医療の高度化、高額薬剤の保険適用などによる医療費の増加を要因に挙げた。
財政状況については、平成29年度の赤字決算を受け、翌30年度に保険料率を引き上げて黒字に転じたものの、貯えを切り崩しながら保険料率を維持しているのが現状だとした。
こうした実態を踏まえ日原氏は、高齢者医療への過度な拠出金負担の軽減を含めた制度の見直しを先送りすれば、「医療保険制度の持続可能性を損なう」と強調し、限りある財源を活用するため、給付の見直しも視野に入れ、公費を含めた負担と給付のあり方の検討を求めた。
高額療養費制度については、「医療保険制度の根幹だ」と述べ、患者の経済的な破綻を防ぐために重要だとした。
一方で、医療の高度化や高額薬剤の保険適用が医療保険財政を圧迫しているとして、「医療費の高額化への対応について、いま一度検討してほしい」と訴えた。
家計、健康への配慮が課題
患者と医師のコスト意識も
28日の専門委には、健保組合のほか、東京大大学院教授の康永秀生氏と国立がん研究センター中央病院呼吸器内科長の後藤悌氏が参考人として意見陳述した。
康永氏は国内外の研究結果を踏まえ、窓口負担の引き上げは医療費適正化に一定程度資するとともに、患者の健康への影響は限定的だとした。
一方、高額療養費制度については、「高密度な医療サービスが必要な人に対する自己負担の引き上げは、患者の家計や健康への悪影響を否定できない」として、一律の自己負担引き上げに否定的な見解を示した。
医療費適正化に向けては、風邪に対する抗生剤の処方など、臨床研究でアウトカム改善効果が低いと認められた「低価値医療」の利用制限やサービス価格の引き下げの検討を提案した。
後藤氏は高額療養費制度について、月単位での支払いや薬の処方日数の差、制度の複雑さにより、「患者と医師がコストに無関心になる」と問題視した。
その上で、海外との比較なども踏まえ、医療保険制度について「有効な治療をほとんど提供できる、患者と医師の双方にとって素晴らしい制度だが、持続可能性の問題がある。いかに高額療養費制度を維持しながら、新薬やより良い治療を患者に提供するかが課題だ」と述べた。
患者と国民の納得が不可欠
健保連 佐野会長代理
参考人との意見交換で、健保連の佐野雅宏会長代理は改めて高額療養費制度の検討について「給付を受ける患者と保険料を負担する加入者、国民の双方の納得が必要だ」と強調した。
その上で、「いかに公費と保険料、自己負担のバランスを取り、医療保険制度の持続可能性を確保するか、国民の理解を得ながら検討すべきだ」と述べた。
また、康永、後藤両氏に、制度全体の医療費適正化に向けた考えを尋ねた。
これに対し康永氏は、「これまで患者の窓口負担の引き上げで効果があったが、これ以上は引き上げようがない」として、サービス価格の引き下げや、エビデンスの乏しい低価値医療の提供を減らすことを挙げた。
後藤氏は「完璧な医療システムはない。どのようなポリシーで医療を提供するかだ」と応じ、「現状でも新しい薬を届けられなくなっている。良い薬を患者に届けるためには、どこかで痛みを分け合う必要があることを理解しなければならない」と述べた。
村上陽子委員(日本労働組合総連合会副事務局長)は両健保組合の意見を踏まえ、医療保険制度と高額療養費制度について、年齢による区分を見直し、「国民の納得と公平性の確保に向け、根本的な議論が必要だ」と主張した。
また、後藤氏に対し、患者が医療に対するコスト意識を持つためのアイデアを求めた。
これに対し後藤氏は、「自分が医療費をいくら払い、保険からいくら賄われているかを明細に示せば、意識が変わるかもしれない」とする一方、「一定の金額を超えたら払わなくていいという仕組みのままでは無理だろう」と述べた。
天野慎介委員(全国がん患者団体連合会理事長)は高齢者医療への拠出金がのしかかる健保組合の財政状況を踏まえ、外来特例を例に、高額療養費制度における高齢者への対策について岡氏と日原氏に尋ねた。
岡氏は「特定の項目ではなく、高齢者の高額療養費も含め、制度全体の幅広い項目を総合的に議論して決めるべきだ」と答えた。
日原氏は「患者を経済的にサポートするのが医療保険制度の役割だが、高齢者医療について保険料と拠出金、税のバランスなども視野に入れて給付と負担のバランスを検討してほしい」と述べた。
大黒宏司委員(日本難病・疾病団体協議会代表理事)は医療保険制度全体の見直しが必要という参考人の意見に賛同し、「長期療養者の負担を最小限に抑えることが重要だ。患者も国民なので、患者の納得も必要だ」と主張した。
城守国斗委員(日本医師会常任理事)は健保組合の拠出金負担の重さに理解を示し、「制度全体の見直しは避けて通れない」と述べた。
その上で、「保険料を軽減すれば手取りは増えるが、それにより医療費の財源が減った場合、税や自己負担を増やして補填しないと、医療の提供が制限される」とし、国民の理解を得るための説明が必要だとした。
菊池馨実委員(早稲田大法学学術院教授)は「高額療養費制度だけで終わらせず、より広い視野で給付範囲の見直しの議論を本格化すべきだ」と述べ、薬事承認と保険適用の関係や費用対効果の分析、診療報酬のあり方などを検討するために、「専門委をきっかけに、中長期的な課題の議論の場を作ってほしい」と要望した。
今回を含む計3回のヒアリングで、患者団体と保険者、医療従事者、有識者の意見を聞いたことになる。厚労省の佐藤康弘保険課長は記者団に対し、「今回でヒアリングを終え、次回の会議で参考人の意見を整理して示し、議論する」と述べた。家計への影響に関するデータも、近く提示する考えだ。