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健保ニュース 2020年6月上旬号

幸野理事インタビュー
柔整療養費に償還払い導入は可能
長年の不正請求根絶に強い決意

健保連の幸野庄司理事は、4月22日に開催された社会保障審議会医療保険部会の柔道整復療養費検討専門委員会で、現在、受領委任払いで運用されている柔整療養費について、保険者の裁量で償還払いに変更することを容認していく姿勢を明らかにした。幸野理事は本誌のインタビューで、これまで長年にわたり改善が図られてこなかった柔整療養費の不正対策について強い憤りを示すとともに、受領委任制度が不正の温床となる現状に懸念を示した。そのうえで幸野理事は、あはき療養費に受領委任払いが導入された際に「支払方法の選択は保険者の裁量による」とされた実例をもとに、柔整療養費についても保険者の裁量により償還払いに変更できるとの認識を示し、今後実現に向け、厚生労働省と実務ベースの調整を進めていく考えを明らかにした。

一向に進まない柔整療養費の不正対策

─今回、償還払いへの移行を容認すると通告した背景は。

今回、健保組合の判断により、柔整療養費の「償還払い」への移行を容認するに至った経緯は、あはき療養費の受領委任制度の導入に遡る。平成29年3月、あはき療養費の支払方法に受領委任払いの導入が強行された。導入阻止に向け健保組合の方々からはたくさんの叱咤激励をいただいていたので、本当に申し訳なく責任を感じていた。

しかしそのなかで、断固として守り抜いたのは「支払方法の選択は保険者の裁量による」という原則だった。

当時、あはき療養費で「償還払い」を選択していた健保組合は全体の4割弱であったため、残りの6割の組合は「受領委任」を選択するとみていた。受領委任払いであっても完全な不正対策や指導監査が実施されるのであれば良いが、とても期待できる状況ではなかった。そのため健保連では、「保険者機能」を最大限に活用できる「償還払い」を推奨し、全国各地で説明会を開催した。

説明会では、適正化に向け『保険者機能を今こそ発揮すべき』と訴え続けた結果、約8割の健保組合が「償還払い」を選択した。各健保組合には人員不足などそれぞれの事情があるにも関わらず、「保険者の裁量」という権利を行使し、保険者機能を強化することを選択された。自ら不正対策に取り組む姿勢こそ、正に保険者機能ではないかと全国の健保組合の方々から教えられ、本当に勇気付けられた。ここが出発点となった。

─検討専門委員会での議論はどのような状況だったのか。

柔整療養費の不正対策は、診療報酬改定年に実施される料金改定と並行し専門委員会で議論してきたが、平成28年以降、毎回同じ議論を繰り返すのみで進展はなかった。施術者側は保険者側の主張にことごとく反対し、行政をも軽視しているようで、不正の横行に対する危機感は全く感じられなかった。

領委任制度の最大のメリットは、行政が施術者を指導監督できるところにあるにもかかわらず、実態として行政の指導監査が機能していないばかりか、平成30年5月には厚生労働省から保険者の審査を制限するかのような事務連絡通知が発出され、ホームページには一方的に不適切な患者照会を行っている保険者を通報する相談窓口が設けられた。

さらに昨年12月には協定を締結している社団法人日本柔道整復師会等から、健保組合や都道府県連合会へ「医科との併給」を認めさせようとする牽制文書が発出された。そのうえ、行政にはこの内容を認めるよう強要する文書を発出する等、保険者との信頼関係を踏みにじる協定関係への背信行為も発覚した。その後、健保連の抗議によりこの文書は撤回されたものの、施術者は、自ら受領委任制度の基礎となる信頼関係を破壊した。もはやこのような状況を放置していてはいけないという思いが日に日に強くなった。

─健保組合の意向をどのように受け止めているか。

健保連としても、いきなり「償還払い」への移行を強硬に主張した訳ではない。不正対策や検討事項の1つである「問題のある患者のみ償還払いに戻す仕組み」を実現することで制度改革を何年も目指したが、施術者側・行政とも全く応じず、万策尽きた。

健保連は令和元年9月、健保組合に柔整療養費などに関しアンケートを実施した。柔整療養費は過去の経緯から、全て「受領委任」で行われてきたが、アンケート結果で今後の柔整療養費の支払方法については、約半数が「償還払い」を希望した。この結果から、あはき療養費に「保険者裁量」という原則が採り入れられたように、同じ療養費である柔整療養費でも、希望する健保組合のために「償還払い」へ移行する選択肢を確保するしかないと考えた。

そこで健保連は、診療報酬対策委員会(令和元年11月)および理事会(令和元年12月)において、あはき療養費に引き続き、柔整療養費においても「償還払い」の選択を可能とする保険者裁量の原則を検討専門委員会の場において提言していく方針について了承を得て、いつでも実行に移せるよう準備を整えてきた。

「償還払い」を希望する健保組合を「受領委任」に留める法的根拠もなく、保険者の裁量により支払方法を選択することは保険者に認められた権利であり、この権利を行使することは誰も阻止することはできないはずだ。

受領委任から償還払いへの変更は可能

─柔整療養費は現在、全保険者が受領委任払いとなっているのはなぜか。

健康保険法第87条では、療養費は保険者がやむを得ぬと認めた場合に被保険者等からの申請により支給される「償還払い」が原則となっている。柔整療養費の場合、整形外科医が少ない時代に応急手当が必要となる場合の代替機能として、協定や契約を締結することにより、全ての保険者で自己負担のみで施術を受けられる「受領委任」になったという経緯がある。現在、整形外科医は充足しており、接骨院で骨折や脱臼に対する応急手当を必要とする事例はごく僅かである。もはやすべからく「受領委任」という特例を認める理由は見当たらない。

─柔道整復師が行う施術は外科的な捻挫や挫傷などで、慢性疾患への施術で医師の同意が必要な、あはき療養費とは違うという主張に対しては。

健保連が実施したアンケート結果において、不適切な請求事例があると回答した358健保組合のうち49%が外傷性の負傷事由以外での施術、34%がヨガやダイエットプログラムなど療養費と認められない施術という回答だった。また、柔道整復師法では療養費の対象外の施術広告を行うことは認められていないが、違法広告で患者を誘引することが常態化しており、施術が外科的な捻挫や挫傷に限られていないことは明らかだ。こうした状況が改善されず、受領委任規程にも効果的な不正対策が講じられない現状において、施術者側の詭弁は通用せず、これ以上「受領委任」を続けていくことは困難である。

こうしたことから柔整療養費も、あはき療養費と同様の制度とすることに、何ら問題はない。健康保険法の原則に則った支払方法に戻すだけのことであり、これを抑止する根拠はない。希望する健保組合が出れば粛々と実行する。

─長く続いた柔整療養費の受領委任払いを変えることへの抵抗は。

制度の良し悪しは別として、柔整療養費は昭和11年から全保険者が施術者と受領委任規程の協定・契約を交わし長年に亘り運用してきた。それを「償還払い」にするとなると当然、施術団体はもとより行政からも相当な圧力が想定される。

過去に「受領委任」をやめて「償還払い」に戻そうとした健保組合に対し、行政は圧力的通知を出し、撤回させた経緯がある。

しかし、健保組合の財政は悪化し、皆保険制度が危機に立つなか、不正対策、特に健保連が主張する①患者が請求内容を確認できる仕組み②1部位目からの負傷原因の記載③問題のある患者を償還払いへ戻す仕組み─等が採り入れられた受領委任制度でなければ協定・契約を交わすことはできない。

今回の対応は、療養費が療養の給付の補完であり、支給決定権は保険者にあることを改めて強く認識してもらい、行政や施術団体が危機感を持ち、受領委任制度を正しく機能させるためのものでもある。行政も「受領委任」を強制することに法的根拠がないことは認めている。健保組合の強い姿勢を反映させるため、まずは柔整療養費の受領委任制度の枠組みにおいて、保険者の入退場の意思を尊重することが極めて重要だ。

加入者への丁寧な説明が必要

─健保組合として柔整療養費の償還払いへの移行の手続きは。

患者の利便性に関わるため、組合会で支払方法の変更についての承認が必要だ。また「受領委任」は長年に亘り運用されてきた制度であるため、加入者に「受領委任」から「償還払い」にどのような理由で切り替えるのか、その趣旨を丁寧に説明し理解してもらう必要もある。

組合会で承認されれば、その後は健保連に協定・契約の委任撤回を申し出れば完了となる。
 健保連では今後、具体的手続方法について厚労省と調整するので、適宜情報を提供していきたい。

─償還払いへの移行はいつから可能か。

社団法人日本柔道整復師会(日整)と健保連との協定は、毎年5月31日が満了日となる。協定で「受領委任」の継続を希望しない健保組合がある場合は、1ヵ月前にあたる4月30日までに健保連が厚生局に伝えなければならない取り決めとなっている。そのため、「償還払い」に移行する場合は、4月上旬までに「受領委任規程」の委任の撤回を健保連に申し出ることにより、その年の6月1日から「償還払い」への移行が可能となる。

個人施術者との契約の場合、各施術管理者へ厚生局が「受領委任」の取扱いを認めた承諾年月日が契約日ということになるが、手続きには課題が多いため、今後厚生労働省と協議を進めていく。

─今後の療養費のあり方について。

健保連は昨年発表した「2022年危機への対応」で、保険給付範囲の見直しについては重点施策と位置づけた。今後、危機的な状況を迎える国民皆保険制度を維持していくなかで、「共助」のあり方については抜本的な見直しが迫られている。療養費についても例外ではない。今般の新型コロナウイルスの感染禍の教訓で、医療に対する考え方や国民の受療行動は大きく変わるだろう。さらに近い将来、マイナンバーカードが保険証の代わりとなるなかで、療養費のあり方についても、真剣に考える時期に差し掛かったのではないか。

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